はじめに

はじめに現在の日本人の平均寿命は、女性が87歳、男性が81歳となっています。およそ30年前、平均寿命(じゅみょう)は女性で82歳、男性で 76歳でした。このように、日本人の平均寿命は年々伸びている傾向(けいこう)にあります。
それでは、犬や猫はどうでしょうか。2017年の調査結果によると犬の平均寿命は14歳、猫は15歳となっています。こちらも人の寿命と同様、約30年前と比べると、どちらも5歳ほど伸長しているようです。
犬や猫が長生きになったのは栄養や健康の管理、毎日の観察など、飼い主の意識の向上によるものです。また動物医療(いりょう)も進歩し、多くの病気は早期発見・治療(ちりょう)が可能となりました。ワクチンなどの予防薬の普及(ふきゅう)、良質なフードによる食生活の善改(かいぜん)なども大きな要因です。
犬や猫は、長生きすることで、わたしたちと長い付き合いができるようになりました。それはとても喜ばしいことですが、その一方で、歳をとることによって起こる様々な障害を抱えた犬や猫も増えてきています。自分で泄排(はいせつ)、食事、歩行などの生活行為がうまくできず、援助(介護)が必要になる動物もいます。
ひとりで生きることのできない動物たちは飼い主にたよらざるを得なくなります。苦楽を共にしてきた家族の一員である動物たちに、十分な治療や介護を行い、寿命をまっとうさせてあげることはわたしたちの役割です。言葉の話せない動物の介護には、知識と観察力、そして何よりも深い愛情が必要となるのです。

ペットと介護

ペットと介護

介護に至らせない飼い方

歳をとっても寝たきりにならないように

みなさんの周りにも、「お年寄り」の方がいますよね。みなさんにとって一番身近なお年寄りは、おじいちゃんやおばあちゃんでしょうか。
おじいちゃんやおばあちゃんにも、みなさんと同じような「子供時代」がありました。
みんな、生まれた時の赤ちゃんから、子供時代を過ぎて大人になっていきます。みなさんの中には、お父さんやお母さん、兄弟だけでなく、ワンちゃんや猫ちゃんといった、動物の家族とも一緒に暮らしている人もいるでしょう。
人間と動物で大きく違うのは、寿命の長さと大人になっていく速さです。
今、私たちの暮らす日本は世界でも有数の長寿国として知られ、百歳を超えても元気に生活している方がたくさんいます。
ワンちゃん、猫ちゃんたちも長生きになっていますが、私たち人間ほどには生きられません。長くても二十年くらいで天国に行ってしまうのです。それでも、その二十年の間にワンちゃんや猫ちゃんはしっかりと大人になって、お年寄りになっていきます。
みんなのお家に、もし自分たちの弟や妹として家族になったワンちゃん、猫ちゃんたちがいたら、彼らは生まれてからほんの一年で、もう子供を産める大人になっています。
七歳くらいになると、みなさんのお父さんやお母さんたちと同じ年齢になります。そして、十歳を過ぎた頃には、おじいちゃんやおばあちゃんと呼ばれるようになるのです。私たちはどんどん抜かされて、あっという間にワンちゃん猫ちゃんは人生の輩先(せんぱい)になっていきます。
おじいちゃんやおばあちゃんになったワンちゃん、猫ちゃんは、人間のようにシワができたりはしませんが、黒い毛の動物たちには白髪が出てきます。歩く速さが今までより遅くなったり、歩ける距(きょ)離(り)が短くなったりもします。走ることが少なくなるかもしれません。
また動き回っている時間よりも寝ている時間が長くなってきます。呼びかけた時に、気付くのが遅くなったり、気付かなかったりすることもあります。目もよく見えなくなって、つまずいたり、ぶつかったり、いつもと違う場所では怖がって歩かなくなるかもしれません。
食べるのもゆっくりになって、こぼすこともあります。食べる量も、それまでよりずっと減ってしまうこともあるでしょう。猫ちゃんの場合も、高いところに飛び乗ることができなくなってしまうかもしれません。
また若い時には元気いっぱいで、病気で動物病院に行くことがなかったというワンちゃんや猫ちゃんでも、体調を崩しやすくなって動物病院に行く回数が増えていきます。
歳をとることは自然なことなので、これに逆らって若くなることはできません。
ですが、歳をとってもいつまでも元気でいることはできます。
皆さんの周りにいるお年寄りの中には、「そんなお歳なのにこんなに元気なの!?」という方がいませんか?反対に、「思っているより本当は若かった・・・・・・」という方もいると思います。
動物も同じで、そのワンちゃん、猫ちゃんによって、全然違うのです。
どうしてそんなに違いが出るのでしょう。
それは、若い時からどのように生活しているのかによって変わってきます。
若い時からあまり運動せずに、家の中で寝てばかりいて、おやつや人の食べ物ばかり食べていると、筋肉が落ちて脂肪ばかりになり、体を支えて立っていること自体が辛くなってきます。動かない生活をすると、心臓や呼吸の機能も低くなりすぐ疲れるようになってしまいます。
そうなると、本当に歳をとった時に、寝たきりになってしまう可能性が高くなるのです。
いつまでも元気に、自分の動きたいように動けるお年寄りになるには、若い頃からその動物にあった良いご飯を食べ、楽しく遊び、自分の足でしっかりと歩かせ、ゆっくりと眠るという健康的な生活を送ってもらうことが大事です。
子犬、子猫の時にはみなさんがたくさん遊んであげると思います。でも、みんなもだんだん大きくなって、勉強や友達と遊ぶことが忙しくなってワンちゃん、猫ちゃんと遊ぶ時間が減ってしまうかもしれません。もしかすると、先に大人になっていくワンちゃんや猫ちゃんが子供の時のように遊んでくれなくなるかもしれません。
それでも、ワンちゃんも猫ちゃんも遊ぶことが大好きです。遊んであげることで体や頭を使って、元気に過ごせます。
たくさん体を使えば、お腹が空いてしっかりご飯も食べられます。

遊ぶ時間が短くなっても、少しの時間でもしっかり遊んであげましょう。ワンちゃんは、一緒にお散歩に出て、自分の足で色々な場所を歩いてもらいましょう。ご飯の前などにする、「おすわり、お手、おかわり」なども、皆さんの言葉を理解するために頭を使い、その通りに体を動かす運動になります。立ったままいることも大事な運動です。
東京のように、車の多い地域では散歩の時はリードをつけなければいけません。たまにはリードをしなくても思い切り走れるような場所に遊びに行くのもとても良いことです。
若い時から、しっかり頭と体を使っていつまでも自分の力で元気に動いてもらいたいですね。

歳をとるということ

動物が歳をとると、どういうことが起きるのでしょうか。
高齢になると、筋肉の減少や背中が曲がるなどの骨の変形が起こる筋骨格系の衰(おとろ)え、耳が遠くなったり、目が見えにくくなる感覚系の衰え、腎(じん)臓(ぞう)が悪くなったり、尿漏(も)れをしたりする腎(じん)泌(ひ)尿(にょう)器(き)系(けい)の衰え、心臓や血のめぐりが悪くなる心血管系の衰え、下痢や嘔(おう)吐(と)などの消化不良が多くなる消化器系の衰えなど、人とおなじように犬や猫の体にも様々なことがおこります。
これらの変化のなかで、高齢になるとよくおこっていることが精神や認知、活動性の変化をもたらす脳機能の衰えです。
脳機能の衰えの一つに、「認知機能不全症」というものがあります。
難しい言葉ですが、これは歳をとった動物が、物を見たり聞いたりするなどの能力が徐々に低くなって、色々な行動に障害がでる病気のことです。
これと似たもので、人にも、「認知症」という病気がありますが、全部が一緒ということではありません。
しかし、家族の助けがないと生活が苦しくなるというところは変わりません。
犬では12歳、猫では14歳を過ぎるとこの病気になることが多いと言われています。この病気は、性別や犬種、体の大きさに関係なく起きてしまうものです。
その一方で、あまり栄養のバランスがよくないご飯をあげたり、適度な運動をしていなかったりする動物は認知機能不全症にかかりやすいとも言われています。

○認知機能不全症の具体的な症状

  • 場所、家族、ご飯を食べたことなどがわからなくなってしまう。
  • 昼間はずっと寝ていて夜に活発になったり、睡眠時間が短くなり頻繁に起きたりする。
  • トイレの失敗や一度覚えたトレーニングができなくなる。
  • ウロウロ徊徘(はいかい)したり攻撃性が増したり、無気力になったりする。
  • 飼い主と離れたり、周囲の環境にうまく適応できなくなったりしたとき、不安感情が増加する。

○治療・対処法

一番大事なのは、認知機能不全症にかからないようにすることです。 それでもこの病気になってしまったときは、それより悪くならないようにすること、症状を和らげてあげることが大切です。
お薬を使って症状を進みにくくする、栄養バランスの良いご飯に変える、ワンちゃん、猫ちゃんが暮らすお家を住みやすくしてあげることが大事になります。
散歩に行ったり、ボールやおもちゃを使った遊びをしたり、脳への刺激になるものは何でもやってみましょう。おやつなどの報酬があると、ワンちゃんのやる気も上がります。
食事をとりやすくしたり、ベッドを快適にしたりするといった安心できる居場所作りをするとなお良いでしょう。

介護

・歳をとった動物が安心して暮らせる場所

動きやすくて、きれいに過ごせる、食事がとりやすい、適度に外からの刺激が受けられる、大きな環境の変化がない、といったことを心がけましょう。
夜は静かで暗いこと、毎日規則正しく暮らすということも大切です。
歳をとってからではなく、家族が増えた日から、コツコツ続けていくことで、みなさんの負担もきっとずっと少なくなるはずです。
最近では、症状ごとに介護グッズなども出ていますので必要に応じて使用してみるのもひとつの方法です。

○具体的な介護方法とグッズ

  • 徘徊があるとき
  • 円形サークルや滑り防止マット、段差のあるところはスロープやステップ、犬用靴下など

  • うまく歩けないとき
  • 歩行補助ハーネス、車イス(歩行が全くできないときはカートを使用するとよいでしょう。)

  • 寝たきりのとき
  • 低反発マット等(こまめに体位変換したり、血行促進のためマッサージをしてあげましょう。)

  • 排泄の失敗があるとき。
  • トイレを普段よく休む場所の近くに移す、トイレの周囲をすべ滑りにくくしたり、トイレまで誘導してあげたり、オムツを着用したりするとよいでしょう。

  • 食事は、食べやすい高さに変えたり、フードを食べやすい形状にしたり、底が丸いお皿を使うと良いでしょう。自らフードが食べられないときは、注射器を使ってフードを口にいれてあげたりします。
  • 夜間の不眠に対しては、朝に日光浴をしたり、日中に散歩したり、おもちゃで遊んだりして夜に睡眠が取れるよう促したり、夜間に活動しても問題ない環境にしてあげましょう。

○その他の工夫

犬や猫が高齢になったり、それに伴って介護が必要になったりすると、今まで家で暮らしていて普通にできていたことが、徐々に困難になってきます。そうなったときに何か工夫できることや、手助けになる物や食事などについていくつか紹介します。

1 家の中で快かい適てきに暮らすための工夫(家の中で動くときの手助け)

  1. バリアフリー化
  2. ・段差をなくすためのステップやスロープの設置
    ・家具やイスの隙間にはさまってしまうのを防止する工夫

  3. 足元の滑り止めの工夫
  4. ・滑り止めシート・滑り止めの室内履き・爪に装着するグリップ

  5. 排泄の手助け
  6. ・段差の少ないトイレマット、オムツ、マナーベルト
    ・排泄後のお手入れ   ・ウェットティッシュ
    ・洗い流さないタイプのシャンプー

  7. 寝返りの手助け ・床ずれ防止の体圧分散マット
  8. 食事の工夫
  9. ・食べやすい角度に調節できるスタンド
    ・食べやすい硬さのフード(ペースト状 ゲル状)
    ・食べた後の口の中のお手入れ(うがい 歯磨きジェル)

2 今よりも快適に過ごせるように

  1. 脳を刺激し、頭を使わせる工夫
  2. 知育トイの活用
    (コング、グリーンフィーダー、パズルフィーダーといった市販品もありますが、ペットボトルやガチャガチャのカプセルを使っての自作や、製氷皿など家庭用品も工夫しだいで使うことができます。)

  3. 栄養に関する工夫
  4. 適正な体重を保ち、適切な食事を与えることが大切です。高齢期に入った犬・猫の栄養管理に手助けとなる成分の入ったフード、栄養補助食品(サプリメント)の活用も考えてもよいでしょう。

おわりに

様々な工夫や手助けをして快適に過ごしていても、わたしたちはいずれ必ずやってくる動物の死と向き合わなければなりません。動物の身になって考え、愛情・責任を持って介護をしてきたのならば、そこには楽しく貴重な思い出、大切な経験がたくさんあるはずです。そして動物に対する感謝の気持ちが芽生えてくるでしょう。

あとがき

言葉を話せない動物の介護は大変なのではないか、と思った方もいるでしょう。
でもそれまで楽しく一緒に過ごしてきたペットとは、言葉は通じなくても、お互いの思いは伝わりますよね。長い付き合いの中でたくさんの愛情をペットに注ぐことで絆も深まります。
そしてそれがなによりも理想の介護につながることでしょう。

編集
公益社団法人東京都獣医師会杉並支部
イラスト制作
女子美術大学 学生作品
発行・監修
杉並保健所生活衛生課 (〒167-0051)杉並区荻窪5-20―1 (3391-1991)
令和元年11月発行